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第1回から第9回救援活動までを振り返る

2011.08.09.08:26

3月12日、フェニックス救援隊を立ち上げ、これから必要となる機材や食料などを調達に入った。
第1回目の救援活動は、3月16日に出発。
東北道が使えなかったので、関越道を荒川胎内まで北上し、そこから山形天童まで日本を横断。天童から北上し秋保温泉脇を通り、仙台に入った。その距離700km。東北道を使って北上するより200k強長い道のりとなった。

★印をクリックすると過去のブログへ飛びます。
★第1回救援活動(3月16日出発)
食料、飲料水、石油、帰路用ガソリンを積んだ。トランク、後部座席、助手席、これ以上、積めないというほど物資を積んだ。
1運搬2
山形東根市界隈は大雪だった。
1-雪
仙台港で撮った写真の1枚。この場面を見て、更に決意を固める。
1破壊
★第2回救援活動(3月26日出発)
乗用車で横浜の自宅から関越道を北上し長岡へ。長岡でユニック常設の2トン・トラックを調達。自前で用意した物資の他、長岡ボランティア・センターの物資もトラックに積み込む。当時は物資は集まるが、現地まで運搬してくれるトラックが不足していた。関越トンネルを抜けると湯沢。路面凍結していた。
2-湯沢
長岡ボランティア・センター内部
2-長岡
調達したトラックの荷台に物資を沢山積める様、木枠を作り、物資が雨や雪で濡れないようブルーシートを張った。2木枠
2トラック
★第3回救援活動(4月6日出発)
最大の任務は、ネット・ショッピングで調達し薪風呂5セットの運搬・建設と直ぐ食べれる生鮮食料品等の提供だった。第1回、第2回同様、長岡まで乗用車で行き、そこでトラックを調達。被災地への道のりは一般道を通り山形まで横断というルート。山越えの国道を走るのは、自衛隊と行政、ボランティアの車だけだった。既にガソリン不足の状態。トラックにはドラム缶3本を積み、現地で提供する燃料の他、帰路用の軽油を積んでいった。友人のY君が同行してくれたのが心強い。

長岡ボランティア・センターで、ボランティアの方々がブルー・シートにメッセージを書いてくれた。地元の新聞、新潟日報がカラー写真付きで大きく報道してくれた。そのシートを張った。
2トラック後部
避難所になっている石巻市渡波保育所到着。皆が待っていてくれた。後部には大量の食品が積んであった。リレーで避難所の中に運ぶ。
3保育所前
食料を降ろすと、風呂が見えてきた。この中には、薪釜を入れ、開いているスペースには、食料品や生活用品を目一杯積んだ。3風呂
4月7日深夜、M6の余震で大地が揺れた。そして街中のサイレンがけたたましく鳴り、「地震です。津波がきます。高台に避難してください」とアナウンスがこだました。保育所の屋上に被災者と避難した。
<関連記事>☆深夜のサイレン逃げろーーー!!
瓦礫の向こう側に駐車中のトラックが見える。
3トラック駐車
渡波(わたのは)保育所の前に、仮設風呂の建設が始まった。
3お風呂建設
<関連記事↓>
☆渡波保育所にお風呂の建設
☆祝い:渡波保育所のお風呂完成!!
★第4回救援活動(4月14日出発)
第4回目の任務は4つ。1つ目は、建設した仮設風呂に風呂焚きボランティアの派遣を石巻ボランティア・センターにお願いしにいくこと。社会保険協議会のK補佐が協力を約束してくれ、すぐ視察にきてくれた。自ら軽トラを運転し、薪を運んできてくれた。若いボランティア4名を派遣してくれた。更に河北新報石巻編集局長が、記事を書いてくれた。本当に嬉しかった、助かった。2つ目は、風呂内部の内装工事。休暇の関係で短期間で作り上げなければならない、という宿命の中、同行してくれた友人のO君が一生懸命手伝ってくれ、お陰で内装が出来上がった。3つ目が、持病があるFさんを女川町立病院に連れて行くこと。最後に生鮮食料品の提供。特に野菜が喜ばれた。

石巻専修大学に設けられたボランティア・センター。ここには、NPO法人の協議会や日赤本部が設置されていた。広大なグラウンドには、ボランティア達のテントが無数にはってあった。
4ボラセン
4月16日、東京から深夜バスで石巻駅に到着したO君を迎えに行く。
4O君
お年寄りや子供用に階段をつけた1号機内部。予め木材は横浜自宅のホームセンターで採寸し切っておいた。あとは現地で調整しながら組み立てた。
3風呂内部
K補佐が派遣してくれたボランティア達と避難所内部で。3 ランチ
女川町立病院駐車場から変わり果てた女川港を眺めれるFさん。
4Fさん
女川役場の裏手にあった地元の消防車。
4消防車
過去のブログとのリンク記事↓
☆渡波保育所のお風呂で活気づく

★第5回救援活動(4月28日出発)
第5回目の主要目的は、薪釜部分の屋根増築、健康対策、花一杯運動の着手だった。フェニックス救援隊のサポーターから大量の球根や花の種の提供があった。加えて、足裏マッサージ機や血圧計の提供があった。これらに食料を加えて、O君のジープと2台で出発した。東北自動車道が一般にも開放されたので、この高速で北上することとなる。横浜から石巻まで500k。
5ガッツ
東松島にある木工作家Eさんの木遊木(もくゆうぼく)工房へ。重量級の機械が倒れたそうだ。
5工房
元同僚Oさんの友人達が南三陸から応援にかけつけてくれた。全員で保育所裏の瓦礫撤去。瓦礫を分別しながらお風呂ようの薪を作っていった。
瓦礫撤去
雨の日でも沸かせるよう薪釜上部に廃材を使い屋根を作った。
やね
女川町立病院に球根、足裏マッサージ機や食料を提供。
女川
気仙沼と大川小学校に球根を植えに行ったが、強風で断念。
気仙沼
大川
大川小学校の避難先を探し、サポーターが寄付してくれた電子レンジや化粧品や靴下などを提供。
電子レンジ
5月3日、女川町立病院前
花植え1
2
<関連記事↓>
☆花一杯ボランティア、1000個の球根を植える

★第6回救援活動(6月12日出発)
<関連記事↓>
☆6月14日、日本テレビ、渡波保育所のお風呂を取材、報道

★第7回救援活動(6月25日出発)
<関連記事↓>
★渡波保育所のお風呂の移設完了
★祝い::渡波保育所前のお風呂完成!!(7月2日)

★第8回救援活動(7月14日出発)
<関連記事↓>
☆花いっぱい運動サマリー(第8回救援活動)
☆陸前高田に癒しの花壇、再チャレンジ

★第9回救援活動(8月1日出発)
<関連記事↓>
☆見事に花いっぱい!!@女川町立病院

★第10回救援活動は、8月最終週に出発予定。
メインは、本いっぱいボランティア。
沿岸部の学校などに図書を寄付しよう!!
<関連記事↓>
☆△▼図書の募集@本いっぱいボランティア▼△
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プロフィール

フェニックス救援隊 代表 古川千春。本業は金融。日系証券、海外勤務、外資系コンサル&外資金融に勤務後、新会社設立。数多くの元上司、同僚、友人らの支援を受け活動中。

Author:フェニックス救援隊 代表 古川千春。本業は金融。日系証券、海外勤務、外資系コンサル&外資金融に勤務後、新会社設立。数多くの元上司、同僚、友人らの支援を受け活動中。
★フェニックス救援隊について
「貴方の命を守る!!」と立ち上がる。有給休暇等を取得し、手弁当でボランティア活動を行っている。人件費ゼロで運営し、物資・活動費はメンバーからの寄付。
◆発足日:2011年3月12日
◆『サクラ・プロジェクト』ご協力者募集中
女川や釜石に芝桜や桜の木を植えるプロジェクトに、資金提供や体力提供ができる方は、下記アドレスまでメールを!!
◆pheonix.japan@gmail.com
◆主要活動内容
1.食料・生活用品・燃料の提供
2.仮設薪釜風呂の設置・運営(石巻市立渡波保育所前)
3.花いっぱい&本いっぱい運動
4.経済支援ボランティア
◆チーム体制
代表:古川千春、副代表:岡地芳裕、理事3名、監事1名、隊員・サポーター:約100名
◆本部:横浜市青葉区、バックアップ・センター:新潟県長岡市、東京連絡事務所:港区
◆メディア紹介:新潟日報、河北新報、テレ朝、日テレ、JNN
◆東日本大震災支援全国ネットワーク(JCN)・メンバー

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